2009年11月10日
猫と文化
現在知られている世界最古のものとしては、キプロス島のシロウロカンボス遺跡(en)にて約9,500年前(考古学で言う紀元前8千年紀中盤、地質学で言う完新世初期〈プレボリエール期;en〉)の墓から人骨とともに埋葬遺体として発見された1匹のネコの骨であり、新石器時代もしくは石器時代後期から人類がすでにネコをペットとして手なずけていたことを示唆している。このネコの骨は人骨が埋葬されていた場所からおよそ40cm離れた場所に埋葬されていたが、遺体の保存状況、位置関係などから、高位の人物が飼い猫を一緒に埋葬したものと考えられる。発掘されたネコが年齢およそ8ヶ月であることから、その人物が死亡した際、一緒に殺されて埋められたとも推測できる。さらには、キプロスの同遺跡においてネコが何らかの宗教的重要性を持つ存在であった可能性も示唆されている。遺体からは屠殺された形跡が見られないため、埋められていたネコはおそらく人間と同様に扱われていたと考えられるという。ただし、同時代の同地域の遺跡からは、人間がネコ科の動物を食用にしていた跡も発見されているという。
古代エジプトでは、ネコがライオンの代わりとして崇拝されていたし、バステト女神として神格化もされていた。そのため、敵側がネコの顔を自らの盾に描いてエジプト兵を追い払ったとも伝えられる。 また、ジェームズ・フレイザーの『金枝篇』によると、中世ヨーロッパでもネコは麦穂の精霊と同一視され、中国でも、獣偏に苗(正字体では「貓」)と書くように、稲穂の精霊とされていたという。ただし、漢の時代には「猫」の字はまだ無く、人里近くで目にする犬猫程度の体格の四足獣全般を指す「狸」の字がネコに対しても当てられている。
日本
日本においてネコが考古学上の登場は、読売新聞(2008年06月22日)の記事によると、長崎県壱岐市勝本町の弥生時代の遺跡カラカミ遺跡より出土された、紀元前1世紀の大腿骨など12点である。当時の壱岐にヤマネコがいた形跡が無い事や現在のイエネコの骨格と酷似しているため断定された。また、文献に登場するのは、『日本霊異記』に、705年(慶雲2年)に豊前国(福岡県東部)の膳臣広国(かしわでのおみ ひろくに)が、死後、ネコに転生し、息子に飼われたとあるのが最初である。
愛玩動物として飼われるようになったのは、『枕草子』や『源氏物語』にも登場する平安時代からとされ、宇多天皇の日記である『寛平御記』(889年〈寛平元年〉)2月6日条には、宇多天皇が父の光孝天皇より譲られた黒猫を飼っていた、という記述がある。奈良時代ごろに、経典などをネズミの害から守るために中国から輸入され、鎌倉時代には金沢文庫が、南宋から輸入したネコによって典籍をネズミから守っていたと伝えられている。『日本釋名』では、ネズミを好むの意でネコの名となったとされ、『本草和名』では、古名を「禰古末(ネコマ)」とすることから、「鼠子(ねこ=ネズミ)待ち」の略であるとも推定される。他の説として「ネコ」は「寝子」、すなわち「ね」は「寝る」の意味で、「こ」は「小さいもの、身近なもの」の意味であるという解釈もある。このように、蓄えられた穀物や織物用の蚕を喰うネズミを駆除する益獣として古代から農家に親しまれていたとおぼしく、ヘビ、オオカミ、キツネなどとともに、豊穣や富のシンボルとして扱われていた。
ただし日本に伝来してから長きにわたってネコは貴重な愛玩動物扱いであり、鼠害防止の益獣としての使用は限定された。貴重なネコを失わないために首輪につないで飼っている家庭が多かったため、豊臣秀吉はわざわざネコをつなぐ事を禁止したという逸話がある。ただしその禁令はかなりの効果があり、鼠害が激減したと言われる。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
昔からの日本猫は尻尾が短いものが多いようです。
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